体験談や医療情報以外のプライベートがテーマ
渡米治療顛末記 その2 2001-01-05 記
いざ出発
*今回の渡米の押さえるべきスケジュールは、到着 → 初診 → 新薬投与 → 経過観察 → 帰国という流れになります。
1/14(木) 早朝 出発 伊丹→成田 出発(機中泊)NY 14日到着
弟は伊丹で会った時、私の荷物を持つということで、すっきりと小さなリュック1つに収まっていた。そのなかに生麺のうどんを何個も持っていっていたので、ほとんど自分のものを持ってきていない究極スタイルで、仕事の関係で荷物は嫁さんに任せていたらしいが、便利グッツでかさばらないものはしっかり押さえていた。
JFK空港で、訳の分からない金持ちの女の子に振り回され付き合わされるというハプニングがありました。コーディネートして貰っている方とうまく落ち合えなかったそうです。滞在ホテル名や電話番号も分からないということで、同じホテルに泊まる羽目になった。自分で運べない量の荷物を彼女はどうやって持ってきたのでしょうか?絵を描きにアメリカに来たようで、いきなりシロタクに乗りそうになるし、かなり謎でした。弟は彼女荷物を運ぶのに手をけがしたというのに翌日には何のメッセージも無く消えていた。
ホテルで一息すると疲れがどっと出ました。TVのニュースによると寒波が襲っているようですが、日本で聞かされたほどでは無かったです。ホテルのフロントはなまりのある早口の英語なので、何度も聞き直さなければ分からず、丁寧に聞き取りやすく話してくれるのは、1人だけでしたが、彼と話をすれば、大体理解できそうだ。いきなり宿泊料金が聞き違えていたことが判明し焦る。異国の地に来たのを実感しました。
1/15(金) 時差コントロールのために休憩をメインに考える。m(_ _)m
エレンタールに使う分のミネラルウォーターを買い出しのため近場のスーパーへ行く。ガロン単位で水が売っているのは驚いた。食料品のパッケージサイズが馬鹿でかい。
周辺地理を把握、地下鉄、バスのアクセスを実際に体験する。その帰りに先生に挨拶に伺いました。
「どういう手段でこられましたか」という問いに、市内散策後に診療所に来たと伝えれば良かったのですが、「バスで来ました」とだけ答えてしまったため、「クレージー」と言われました。(笑) 先生は、私を気遣い診療所から歩いて行ける距離のホテルを紹介して下さったのに、どうして歩いてバスに乗ってきたのか理解できないようでした。
ホテルに帰り、経鼻チューブを入れようとするが、まだ当時鼻注が慣れていなく、何度も吐きました。隙間の多いホテルでは、隣室のお客からフロントへ通報されないか、心配した。弟がその時の辛そうな様子が忘れないと言われます。
1/16(土) 自由の女神
朝起きると弟が観光ガイドを片手に、体調大丈夫なら「自由の女神」へ行こうと提案がある。一人では観光も難しそうなので、任せた。やっぱりNYは自由の女神と言うことで見学しました。路上パフォーマーのお金を出させるのは天下一品と感心しました。その近くのワールドフィナンシャルセンター近辺を散策。その近くのアウトレットで買い物をする。アメリカアウトレット体験!商品の質はイマイチ^^;
ホテルのアメニティグッズと一緒に出てくるミネラルウォーターが有料かどうか、メッセージをメモで書くが、メモに対する返答は無かったため近くのスーパーで最終滞在日までの水の買い出しに行く。入浴後バスタブで衣類の洗濯する。


マンハッタン島より
1/17(日) 弟帰国 (^^)/~~~
部屋をダブルからクイーンの部屋に移るが、湯船が無く、シャワーのみで、日本から持っていった入浴剤は意味が無くなる。やっぱり風呂は湯船が必要だ。映画のようなシャワールームは見た目だけで実用性は悪い。どうしてホースが付いていないのか日本人には理解できないところです。お湯が貯めようが無いので洗濯をするのには不便になる。
弟帰国後は頼るものは無い、言葉も全て自力だ。ハワイの人が大阪人なら、ニューヨーカーは東京人のような感じで、道を尋ねても相手にしてくれない。英語を喋れないなんて言い訳にもならない。困るのは我が身だ。ここからが勝負どころ!
←滞在ホテル前で
1/18(月) ミステリー
朝からフロントから、本人確認の妙な電話がかかってくる。それも2回もだ。フロントなら確認しなくても把握しているやろと不思議に思っていた。夕方、部屋を大きくノックする音がする。出前を呼んだ覚えも無い。内側のキーをかけて、ドアを少し開けると、でかい黒人が見えたのでびっくりした。なんか言っているので、恐る恐る開けると、巨大な花を抱えていて中に入れてくれと言われてますますびっくりした。
メッセージカードの送り主を見て安心した。会社の現社長からの花であったので、安心した。異国の地で花を貰うとは想像していなかったのと花の下から「チャカ」が出てこないか、一瞬映画のワンシーンが頭の中を過ぎりびっくりした。
1/19(火) 初診
本日は初診日で、カルテ作成、診察、内視鏡検査が予定されています。診察時間にはかなりの時間を割いて頂きました。現在飲んでいる薬の確認や現状把握を1時間ほどかけて行いました。友人が前もって、病状等詳しく英訳してFAXしてくれていたためかなりスムーズだったと思います。先生の英語は非常に聞き取りやすく、分かりやすかったです。ノートパソコンも翻訳ソフトや医学辞書をインストールしていたので活躍しました。
新薬投与に関する同意案件に関しては重要なことなので、私が先生に電話をした際に、不安に思われ、ご出身のMount Sinai School of Medicineに来ている日本人医師を通訳として手配して下さっていました。通訳の先生は血液内科専攻でした。
新薬を打つ条件として、日本ではあまりクローン病には使っていない免疫抑制剤を飲むことに同意しないと投与は出来ないと言うことで、その理由を分かりやすく伝える必要があったのだと思います。この免疫抑制剤に関する日米の治療に関する考え方の違いは友人からも聞いていたので、予想されたことなので、すぐに納得できました。
通訳の先生が登場し、じゃあ、まず内視鏡をしましょうと言うことで、大腸ファイバーをすることになり、内視鏡を見たとたん、太いのに驚いた。(?_?)(^_^;)
私: My Rectum is serious stenosis. This Colon Fiber is very large. I
need sedation.
Dr.George: Sedation is Good word! Good word.
私:セデーションの薬はどんなのがありますか?セルシンとかは効かないんですけど?
通訳さんが伝えてくれた。
Dr. George : Morphine only.
まあセデーションが良く効くので大丈夫でしょうと言うことになった。
*セデーションとは、痛みを薬などで取ることで、モルヒネはあまり日本では使わずもっと緩い薬を使います。
内視鏡検査後の意識が戻ってから、本格的なインフームドコンセントに移りました。診断の結果レミケード(抗TNF-α治療薬)を使わないとダメですねということになりました。
聞きたかったことは以下3点
1. レミケード(抗TNF-α治療薬)で本当に痔瘻は治るのか?→ Maybe
2.レミケードで治らなかった場合、やはりストーマしか無いのか? → Yes
3. 2回目投与のお願い(1回投与で効果無い場合、2回目を打つことで効いたという報告がある。)
→ 1回目効果の無い人は2回目も効果は薄い。薬のメーカーは2回目投与した方が良いと言うかもしれないが、それはメーカーサイドの考え、短期で2回目投与した場合副作用がかなりひどく出るよ。日本国内のデーターも少ないんでしょ?私自身、この診療所でレミケード投与のORDER冷や冷やし、票がこんなにあるよ。その経験からしてもお勧めできないと言われ、1回目が効かないから、2回目を投与すると言うことはしないと言われました。
同意書にサインをして、初めて製薬会社卸に発注する。(宛先は販売メーカーのCentcore社では無かったので卸だと思う。)専門用語は伝わりやすく、知っていて良かったと思った。
1/20(水) 市内散策
トランプタワーとロックフェラーセンター、ラジオシテーを通りすぎた。New
Yorkerが歩きながらタバコを吸っていないし、タバコのポイ捨ても無いのも印象的でした。
1/21(木) ルームメーク
[Don’t
_Disturb]の札をドアノブにかけるも、電話で起こされる。寝起きに早口で最初何を言っているのか分からなかった。(=_=)ルームメーク不要と言っても食い下がる。後どれくらいで部屋を空けられるのか?と聞いてくるので、30分待ってくれと言って、着替えとトイレを済ませ、部屋を出ると、ルームキーパーが、にこにこ微笑む。フロントでは、早口で行ってらっしゃいとか言っていたので、[Good
Afternoon!]と答える。バスで10分くらいの距離の「ラルフ・ローレン」本店で、お土産用にネクタイとダウンジャケットを買う。
1/22(金) 新薬投与
素晴らしく晴れた朝が印象的で朝日が目にしみました。無事新薬投与して貰う。新薬投与中および直後の副作用は出ず、お世話になった人へメールで報告。 通訳の先生に電話をする。色々心配下さったようで、せっかく来たのだからと観光スポットのアドバイスを頂いた。
1/23(土) 美術館堪能
ホテル近辺のグッゲンハイム美術館を早足で見学した後、メトロポリタン美術館に行った。久々に観光客の日本人に遭遇。「地球の歩き方」や観光ガイド片手に平和そうにはしゃいでいる。美術館内でフラッシュオフにして写真を撮って貰ったが、手ぶれでうまく写っていなかった。メトロポリタン美術館はゆっくり見ようと思ったら1日コースの見応えがある。たまたまピカソ・ゴーギャン・ゴッホ・ドラクロア・マチス・シャガール等々有名な画家の作品があった。個人的にはアジアやメソポタミア系の古代出土物などにも興味深かった。

1/24(日) 自然史博物館
セントラルパークの反対側に位置しバスで15分ほどの自然史博物館へ。入るといきなりボウロザウルス(15m)の骨格がお出迎え。やはりお勧めは4階の恐竜コーナーだ。また1Fの鉱物展示のコ−ナーにはインドの星とかいう568カラットのサファイヤをはじめ、ルパン3世が狙いたいお宝がごろごろある。 ここでも、外人さんに写真を頼んだが、手ぶれでうまく写っていませんでした。やはり他人のカメラでフラッシュオフにすると極端にシャッタースピードが遅く手ぶれするので難しいようです。夜より調子が急に悪くなりお腹が張る。

1/25(月) 副作用
またルームメークのために電話で起こされる。今回はかなり体調が悪かったので、「体調悪いので、ルームメークは必要ない」と声を低めに怒った口調で話したため、フロントも引き下がるが、「必ず明日はルームメークさせろ、これはホテルの方針だ」と言われる。症状は更に悪化しお腹が張り1日トイレに20回以上と数は正確では無いですが、トイレから離れられない状態でのたうち回っていた。
1/26(火) 副作用
前日同様死んでいた。食事が合わないものが多く、これ以上滞在する自信が無かったので、明日の診察後で、フライトチケットが取れ次第帰国を早めることに変更することにした。
1/27(水) 最終診察日
薬代・治療費支払いに手持ちのカードが使えなく現金で払うことになり、物騒と聞いていたので、銀行を2カ所に分けて降ろし、お金を分散する。体の調子は、かなり辛い。海洋航空宇宙博物館に行きたかったけどとりあえず帰りの飛行機のチケットを取りにカーネギーホールの近くのマップツアーまで行く。バス待ち時間に凍えそうになり、断念せざるをえませんでした。やっとのことでホテルへ帰る途中で弟に頼まれたNYのステッカーを買う。

1/28(木) 帰国
機中、お腹が張り続け冷や汗が出て、数回となくトイレにいった。お尻が痛いので、トイレを拭くのもキシロカインゼリーを付けてごまかし、鎮痛剤と睡眠薬で何とか乗り切る。何とか乗り切り伊丹で弟夫婦に再会したときに、ようやく旅が終わったと安心した。家に着いてみると、部屋のカギがをかけ忘れていたことが判明するが、何事もなく無事であった。(^_^;)
参考までに、お金が幾ら掛かったのかも良く聞かれる項目なので記載しておきます。
その3へ