「抗IL-6レセプター抗体によるクローン病の治療」 大阪大学 分子病態内科学 伊藤裕章
クローン病治療と言えば栄養療法、わが国では残念ながら未だこれが主流です。人生最大の楽しみのひとつ、食欲を満たすことを許されない。確かに副作用は少なく効果はてきめん、これほどすぐれた治療法は他にないかも知れません。でも、そんな我慢をしなくてもきっちりと効いてくれる薬はないものでしょうか。実はそのような薬は現実のものとなりつつあるのです。炎症を起こすサイトカインをブロックする治療法がそれです。そのひとつ、抗TNF-α抗体は、すでに欧米で優れた臨床成績を上げており、日本でもまもなく認可されるものと期待されています。そしてもうひとつの治療薬が抗IL-6レセプター抗体です。臨床試験もいよいよ始まりました。では、なぜこのような治療法がクローン病に効くのでしょうか。 |
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サイトカインをブロックする治療
免疫反応は好中球、リンパ球やマクロファージといった細胞を介しておこりますが、その調節は細胞が分泌するホルモンのような液性因子によって調節されています。
これをサイトカインとよびます。そして調節を受ける細胞の表面には、サイトカイン・レセプター(受容体)とよばれる構造があります。サイトカインが細胞のスイッチを入れる鍵とすると、サイトカイン・レセプターは細胞の鍵穴です。鍵と鍵穴はぴったり合わないとスイッチを入れることができません。TNF-αにはTNF-αレセプター、IL-6にはIL-6レセプターといった具合です。
さて炎症がおこる時には、炎症を起こすサイトカインと同時に炎症を抑えるサイトカインも出てきます。炎症をおこすサイトカインにはIL-1、IL-6、TNF-α、IFN-γと呼ばれるものがあり、炎症を抑えるサイトカインにはIL-1レセプター・アンタゴニスト、IL-10、TGF-βなどがあります。そして炎症を抑えるサイトカインが勝つと炎症は自然におさまり、炎症をおこすサイトカインが強いといつまでも炎症が続き、慢性関節リウマチやクローン病のような「慢性炎症」となってしまいます。
炎症をおこすサイトカインが炎症を抑えるサイトカインより強いために炎症がおさまらないのなら、炎症をおこすサイトカインが働かないようにすれば良いことになります。これが抗TNF-α抗体や、私たちが取り組んでいる抗IL-6レセプター抗体です。
抗TNF-α抗体(インフリクシマブ)はTNF-αという「鍵」にとりついて、TNF-αレセプターという「鍵穴」に差し込まれるのを邪魔する薬です。他の治療法が全く効かない12歳の少女に試験的に投与されてきわめて有効であることがわかり、この臨床試験が行われ、すでに欧米では薬として認可されて優れた臨床成績を上げています。
さて、「抗TNF-α抗体」の「抗体」とは何でしょう。麻疹(はしか)に一度かかれば二度とかかりません。それは体に麻疹ウイルスに対する抗体ができるからです。抗体は自分の体ではなく外からの侵入したもの、生まれつき持っていないもの(異物)に対してリンパ球がつくり、これを中和するタンパク質です。自分の体に対する抗体(自己抗体)は全身性エリテマトーデスに代表される自己免疫疾患でみられ、病気の原因と密接な関わりがあると考えられています。TNF-αは生まれつき誰もがもっているサイトカインですから、これに対する抗体は基本的に存在しません。そこでヒトのTNF-αに対する抗体はヒト以外の動物、具体的にはマウスに作らせます。しかし、マウスの作った抗体はマウスのタンパク質でヒトにとっては異物ですから、ヒトに投与するとヒトのリンパ球はたちまちこれを中和する抗体を作ってしまいます。中和するだけでなく、時にアナフィラキシーと呼ばれる非常に強い有害な反応をおこすこともあります。そこで特殊な方法を用いてマウス由来の部分をヒトのものと置き換えた抗体を作ったのです。TNF-αに結合する部分はマウスのままで、残りはヒトという抗体なので、ギリシャ神話に出てくる怪獣の名をとって「キメラ」抗体と呼ばれます。
インフリクシマブの効き目は相当に強力で、普通の食事を摂っていても炎症をしっかりと抑えてくれるようです。さらに、クローン病の患者さんを非常に悩ませる瘻孔を閉鎖する作用があることもわかりました。しかしこの夢のような薬にも問題点があります。マウスの部分が残っているため、この薬に対する抗体がかなりの患者さんにできるといわれています。その場合には薬の効き目がなくなったり、時にはアナフィラキシーがおこることがあります。TNF-αは炎症をおこす一方で、感染防御にも関わるサイトカインですから、これを中和してしてしまうと感染症にかかりやすくなったり、重症化することがあります。また、インフリクシマブを投与すると、全身性エリテマトーデスでみられる自己抗体が出現したり、時には全身性エリテマトーデスの症状まで出ることがあります。さらにインフリクシマブを投与中に悪性リンパ腫などの悪性腫瘍が発生したため、現在長期投与の有効性と安全性を確認する臨床試験が行われています。クローン病は慢性の炎症で、薬の効き目が切れてくるとまた悪化してしまいますから、何度も繰り返し投与しないといけません。それだけに長期投与の安全性は大きな問題です。
抗IL-6レセプター抗体
炎症をおこすサイトカインのひとつ、IL-6(インターリューキン・シックスまたはアイ・エル・シックス)はTNF-αと共に、炎症において中心的な役割を果たしていると考えられています。IL-6は、そのレセプター、細胞内へのシグナル伝達から生理的意義、病気との関わりまで、現大阪大学総長で前分子病態内科教授の岸本忠三先生が中心になって解明されてきました。
さて、クローン病の活動性を知る指標のひとつとして、血液中のCRPというタンパク質の濃度を測定しますが、実はこのCRPは、IL-6の指令を受けて肝臓がつくるタンパク質です。ですからCRPが高いということは、とりもなおさずIL-6がたくさん出ているということなのです。クローン病の患者さんでは血小板の数も増えます。これはIL-6が骨髄にはたらいて血小板の産生を促すからです。炎症のある場所には血液の中から白血球がたくさん集まって来ます。これは炎症がおこる場所の血管に「接着分子」という目印が出ていて、白血球はこの目印をめざして集まってくるわけですが、IL-6は血管の接着分子を増やす働きをもっています。また、白血球のうちのリンパ球は侵入者との戦いが終わるとどんどん死んでいきます(この現象を「アポトーシス」といいます)。もしいつまでも死なずに増え続けると炎症がおさまらないことになりますが、実はIL-6にはこのようなリンパ球が死なないようにする作用があります。
さて、先に述べましたようにIL-6もIL-6レセプターという鍵穴にぴったりはまることによってさまざまな機能を発揮することには変わりないのですが、TNF-αとは少し違ったところがあって、IL-6だけでなくIL-6レセプターも細胞表面にあるのではなく、細胞を離れて血液中にぷかぷか浮いているのです。IL-6とIL-6レセプターは血液中で仲良くひとつになり、これが細胞表面のgp-130(ジー・ピー・ワン・サーティー)と呼ばれるシリンダー分子にくっついて細胞にスイッチを入れます。gp-130はほとんどの細胞が持っていますので、IL-6とIL-6レセプターのくっついたものは、ちょうどマスター・キーのようにさまざまな細胞に指令を送るわけです。このためにIL-6は実に多くの細胞でいろいろな機能調節をおこなっていると考えられています。
抗IL-6レセプター抗体は、このぷかぷか浮いたIL-6レセプターに結合し、IL-6がこれにくっつくのを阻止し、細胞の中へIL-6の指令が入らないようにするわけです。私たちはこの抗体をクローン病の治療に応用しようと考えました。ヒト型化抗IL-6レセプター抗体(MRA、エム・アール・エーと呼びます)は大阪大学と中外製薬の共同開発により、特殊な方法で作られた「ヒト」のIL-6レセプターを認識して結合する「ヒト」の抗体です。マウスの抗体をもとにして作られていますが、マウスの部分はほとんど残っておらず、限りなくヒトの抗体に近いものです。ですからキメラ抗体のようにその働きを無効にしてしまうような抗体は出来ず、アナフィラキシーも非常におこりにくくなっています。私たちは臨床試験に入る前に動物の腸炎でその効果を確認しましたが、IL-6による接着分子の発現やリンパ球の不死化を抑え、結果的に腸炎の発症を抑制し、また起こっている腸炎の治療にも成功しました。そしていよいよヒトへの応用をめざしての臨床試験が始まりました。MRAがクローン病の治療薬として安全かつ有効であるかどうかを調べるための試験です。これをきっちりと調べるためには「二重盲検試験」という非常に厳密な方法を用いる必要があります。これは、本物のMRAと、本物と全く見分けのつかない偽薬(プラセボ)を用意し、どちらが投与されるか、投与される患者はもちろん、投与する医者にもわからないようにして調査し、本物がプラセボにくらべてどれくらい効果をあらわすかを調べる方法です。この試験に参加された患者さんには引き続いて必ず本物が投与される一般臨床試験も用意されています。これらの臨床試験は、兵庫医科大学第四内科教授で病院長の下山孝先生を医学専門家として、また治験実施施設には私たちの大阪大学医学部附属病院はもとより、慶應大学医学部附属病院、社会保険中央総合病院、名古屋大学医学部附属病院、滋賀医科大学附属病院、大阪市立大学医学部、日生病院、兵庫医科大学附属病院で同時に行われます。
おわりに
MRAはすでに慢性関節リウマチに対する臨床試験が先行して行われ、CRPを初めとする炎症マーカーの正常化や関節症状の改善など、すばらしい成果を上げています。私たちはこの薬の臨床試験を世界に先駆けて日本でおこない、日本から世界に発信したいと考えています。新しい治療の試みはMRAにとどまらず、これからも続くはずです。我慢しなくても快適な生活をおくれる治療法は、あともう少しという所まで来ていると言えるのではないでしょうか。
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